映画『花束みたいな恋をした』を観た!

日記
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日本の恋愛映画なんて、と思っていたけど、だいぶ評判がいいので観てきました。

これはすごい。

恋愛映画ではあるんだけど、それ以上に社会や人間についての深い描写があって、ただの恋愛映画ではないですね。評判になるのもわかる。

そして、誰しもが自分の記憶を呼び起こされ、自分語りをしてしまう映画というのも感想も、また頷けるものでした。

ということで、感想をつらつらと書いてみます!

 

映画『花束みたいな恋をした』公式サイト
主演:菅田将暉、有村架純、脚本:坂元裕二、監督:土井裕泰 大ヒット上映中!

 

イニシエーションとしての就職

人間社会には大人になる儀式というものがあります。未開の部族だとバンジージャンプをするとか、昔の日本だと元服とかですね。

現代の日本だと、それにあたるのが就職なんだと思います。

消費者から生産者に変わる瞬間です。

日本は消費者の立場だと天国のような国ですが、生産者の立場になるとその天国を支えるための大変な立場に入れ替わることが多いです。

そこで皆、葛藤や迷いを経て、さまざまな決断をしていきます。

理想として言われているのは、「好きを仕事にする」でしょう。このイニシエーションの最適解だと思われています。

たた、すべての人がその扉を見つけ、くぐれるわけではありません。

その時、人は「仕事だから」と諦めを決断することもあるでしょう。この日本だと「仕事だから」は、かなりの効力を持った免罪符です。自分や他人の人生に対して、かなりの強権を発動することができます。

実家からの仕送りも止められ、かろうじて残っていた消費者的「好きなこと」では生活できなくなったことでその決断をしたのが、主人公のひとり、麦くんです。

 

主人公ふたりの仕事感の違い

「責任があるんだ」

正社員で働き始めた麦くんは、この言葉をよく言うようになります。

どんなに辛い仕事でも、つまらない仕事でも責任を負ってこなさなければいけない。そして、自分を犠牲にしてまで仕事をきちんとこなすが故に、経済的安定が得られる。「パズドラしか頭に入ってこない」というセリフは秀逸です。

かたや、絹ちゃんは一度は正社員の世界に入ろうとしますが、圧迫面接で挫折します。もちろん圧迫面接は悪だし、正社員の世界はいまだに男性優位の現状があります。

絹ちゃんはその後、麦くんと一緒に暮らしはじめ、パートタイムの仕事をするようになります。最後の仕事はイベント関連の仕事で、自己実現も含めた自分を諦めない仕事内容です。麦くんの自分を殺して働く姿と対照をなしています。また、絹ちゃんの実家が太い(おそらく父親は電通マン)ことも描かれます。

以上の設定なのですが、脚本がかなり嫌らしい(褒めてる 笑)

いろいろな人がそれぞれの立場で、なにか言いたくなるような設定が散りばめられてます。

 

男女での思いやりの違い

また、男女での相手への思いやりの違いも見事に描かれています。

麦くんの相手への思いやりの形は、経済的にしっかり支えることです。生活に困ることのない基盤を作ること。これが相手を思いやる形です。いわゆる男性的と言ってもいいかもしれません。

かたや、絹ちゃんの思いやりの形は、相手の気持をしっかりとわかって受け止めることです。日々の些細な出来事で感じたことを、きちんと共有していきたい。共に物事をみて感じていくことです。これはいわば女性的と言ってもいいでしょう。

お互い、相手を思いやっているのですが、すれ違っていきます。哀しいですね…。

最後の別れ話の時のセリフも、これが現れています。

麦くんは「(いい意味で)空気みたいな家族になろうよ」と言いますが、絹ちゃんにとって家族とは、物事を一緒に共感していく関係なのだから、響かなかったんでしょう。

 

サブカルチャー

劇中ではサブカルの話題も多く出てきます。麦くんと絹ちゃんがお互いに惹かれ合うのも、サブカルの趣味が一緒だったからです。同じものが好きなのがわかっていく序盤、あんな恋愛の盛り上がり、最高ですね。

これらの具体的なサブカル作品は、知っている人にとっては映画により深みを感じることのできる要素でした。

 

 

ということで、とりとめもないけれども感想を綴ってみました。

脚本も演者も演出も、精度が高く丁寧に作られてる完成度の高い作品でした。

映画館ではななくてもいいのですが、ぜひ観てほしいと思います!

それでは、また!

 

コメント

にしティー

人語を解する、心優しき柴犬。

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